ドア越しに店長の機嫌をうかがう。それが、新人営業だった私の「人を見る目」の原点

リテールマーケティング

休憩室のドアの窓ガラス越しに、店長の様子をそっと伺う。
今日は機嫌が良さそうか。話しかけていい空気か。それとも、今日はやめておいた方がいいか。
新人の頃、私はいつもこれをやっていた。大げさではなく、生きるか死ぬかくらいの緊張感で。

■家電量販店を担当する営業として、私は平日は店舗を回り、土日は売り場に立って販売応援をしていた。
1店舗に、5人から10人の販売員がいる。店長をはじめ、色々な立場の人と、毎日休みなく会話を重ねる日々だった。
やることはシンプルだ。市場の状況を共有する。売り方を伝える。「これを売らなければならない理由」を、ちゃんと納得してもらう。
でも、これがどれだけ正しい内容でも、伝えるタイミングを間違えると、一瞬で台無しになる。
役職者に重要な提案を持っていくとき、良いタイミングならすんなり組織に落ちて、売上につながる。悪いタイミングなら、何ひとつ聞いてもらえない。
だから私は、窓越しに機嫌を伺っていた。仲の良い店員に「今、店長大丈夫そうですかね」と、こっそり探りを入れることもあった。

■ 「人を見る目」の正体は、たぶん機嫌を読む力だ
これだけ多くの人と接していると、自然と「人を見る目」が養われる、とよく言われる。
セールスの先輩や同僚たちともよくその話をしたし、今でも時々話す。ただ、この「人を見る目」って、結局何なのだろうと、ずっと考えていた。
私の答えは、シンプルだ。相手の「機嫌」と「タイミング」を読む力。それだけだと思う。
これは店員相手だけの話ではない。お客様と直接向き合うときも同じだった。
この人は、買う気があるのか、ないのか。今、どのくらい迷っているのか。どんな言葉をかければ、背中を押せるのか。
そういうことを、日々繰り返し考えているうちに、感覚が研ぎ澄まされていく。「あ、この人は買うだろうな」というのが、なんとなく分かるようになってくる。

■ 正解は、自分の中にしかない
こうした感覚は、本を読んで身につくものではないと思う。現場で、何度も何度も、うまくいったりいかなかったりを繰り返すことでしか、磨かれない。
そして、ここが一番大事なところなのだけれど、営業やコミュニケーションに、絶対的な正解はない。
正解は、自分の中にしかない。
自分のキャラクター、得意なこと、これまでの経験。全部を掛け合わせて、目の前にいるたった一人の人間に対する最適な答えを、その場で作る。それに尽きる。
だから、自我なんてものは、正直あまり関係ない。その場に一番フィットする自分を演じ切る。それができて初めて質の高い接客や営業ができるのだと思う。

■ この感覚は、属人的なままでいいのか
ただ、今こうして振り返ってみると、少し複雑な気持ちにもなる。
この「機嫌を読む力」は、間違いなく私の武器だった。でも同時に、これは完全に「私個人の勘」の中にしか存在しないものでもあった。
言葉にできない。マニュアルにもできない。新しく入ってきた人に、そのまま渡すこともできない。
組織の実行力は、こういう「誰かの勘」に支えられている部分が、実は思っている以上に大きい。それ自体は悪いことではない。でも、その勘を持つ人がいなくなったとき、組織には何も残らない。
「タイミングを読む」という感覚を、完全に言語化するのは難しいかもしれない。それでも、少なくとも「今、何を見て、何を感じて、その判断をしたのか」を、後から言葉にして誰かに渡せるようにしておくこと。それだけで、組織の実行力はずいぶん変わってくると思う。
これを読んでいる皆様の現場にも、きっと「あの人の勘」に支えられている場面があるはずだ。それを、一緒に言葉にしてみませんか。


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