会議室で、誰かがぽつりと言った。
「製品一つひとつの良さって、実はちゃんと伝わっていないんじゃないか」
営業時代、売上を伸ばす方法を話し合っていたときのことだ。モデルごとに違う強みを、もっとちゃんと伝えたい。そこで生まれたのが、お客様がそのまま持ち帰れる「3ポイントカード」だった。
■従来のPOPでは、機種ごとの細かい魅力までは伝えきれない。
だったら、モデルごとにカードを作って、お客様が気になったらそのまま持って帰れるようにしよう。
企画の中心になったのは私だった。「これは絶対に響くはずだ」と、本気で思っていた。
セールスは10人くらいいた。誰も反対しなかった。それどころか、みんな喜んで協力してくれた。
何を訴求するか。どんな言葉にするか。自分たちで印刷して、紙を一枚一枚手で切って、束ねて、カードを収める箱まで手作りした。
売り場が、思い描いていた通りの姿になった瞬間の満足感は、今でもよく覚えている。
■ 覚えているのは、「紙が減らなかった」ことだけ
正直に言うと、この施策がどれだけ売上に貢献したのか、今となっては全く覚えていない。
はっきり覚えているのは、たった一つだけだ。
カードの減り具合が、ほとんど変わらなかった。
あれだけの熱量をかけて作ったのに、お客様はほとんど持ち帰ってくれなかった。厳密な目標数値を決めていたわけでも、数字を細かく追っていたわけでもなかったけれど、「紙が減らない」という事実だけは、誰の目にも明らかだった。
不思議なもので、それに気づいた瞬間から、チームの熱はみるみる冷めていった。更新もしない。新しいカードを追加することもない。いつの間にか、静かに立ち消えていった。
■ 「仲間が頑張った」ことと、「お客様が求めている」ことは別物だ
この経験から、私は一つのことを痛感した。
売り手と、買い手と、その間に立つ販売員。それぞれが本当に求めているものは、実は驚くほど違う。
あの施策が盛り上がったのは、間違いなく「仲間である営業担当が、自分たちで一生懸命考えて手作りした」という身内への評価だった。誰も否定しなかったのも、頑張りを応援したい気持ちがあったからだと思う。
でも、その熱量と、お客様が実際に「欲しい」と思って手に取ってくれるかどうかは、まったく別の話だった。
■ 「成功事例」という言葉に、私たちは弱い
似たようなことは、他にもあった。
地方の誰かが「こういうPOPを作って成果を出している」という話を聞くと、「それはいいな」と思って、真似して作ったこともある。
今振り返ると、あれも同じ構造だったと思う。本部から降りてきたものではなく、現場の仲間が自分で考えたという事実に、私たちは弱い。「あの人が成果を出したなら、きっとこれもうまくいくはずだ」という期待が、検証よりも先に立ってしまう。
成功事例の横展開は、たしかにうまくいく。ただし、それが「組織にしっかり広まる」という意味でうまくいくのであって、「本当に売上に繋がったかどうか」は、実はあまり厳密に問われないまま進んでしまうことが多い。
■ 効果を測る仕組みがなければ、熱量だけが繰り返される
リテールという仕事の難しさは、ここにあると思う。
テレビCMなのか。ウェブ広告なのか。現場のキャンペーンなのか。販売員とお客様との関係づくりなのか。何が実際の購買に効いたのかを、一件一件確かめる術がない。
だからこそ、「なんとなく良さそうだ」という空気や、仲間の熱量だけで、施策の是非が決まってしまう場面が、驚くほど多い。
正解が見えないなら、せめて仮説だけでも積み上げていくしかない。たとえ精度が低くても、「こういう傾向がありそうだ」という手応えを、一つずつ拾い集めていく。それでしか、次の確率は上がっていかないのだと思う。
あの手作りのカードも、もし「どのくらいのお客様が手に取ったか」を最初から測る仕組みさえあれば、もっと早く軌道修正できたはずだ。熱量そのものは、決して間違っていなかった。足りなかったのは、それを検証する目だけだった。
あなたの現場でも、「みんなが頑張って作った」施策が、検証されないまま静かに終わっていったことはないだろうか。その仕組みづくりから、一緒に見直してみませんか。
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